2016年1月13日水曜日

2015年10月17日(土)~25日(日) タイ研修旅行について

アップがかなり遅くなっていますが,昨年の10月17日~25日にかけて,ゼミのみんなとタイに研修に行ってきました。

認知行動療法に関する大きな国際会議もなく,よく出かけているヨーロッパ認知行動療法会議はイスラエルの開催で,みんなで行くにはちょっと心配です。

それで,タイにマインドフルネス研修に行ってはどうかと思いたちました。

タイはテーラワーダ仏教の一つの拠点です。
マインドフルネスを知るにはテーラワーダ仏教を知らなくてはいけません。

また,タイにはスカトー寺の副住職であるプラユキ・ナラテボー師がおられます。
師には,以前よくしていただいており,当方のゼミでも2度ほど実践の手ほどきをいただいたことがあります。

さらに,沖縄出身でタイの大学で教鞭をとられている(いた),浦崎雅代先生もおられます。

お二人とも,以前から「いつでも遊びにおいで」とお声がけいただいておりました(社交辞令だったかもしれませんが)。

さらに,一昨年沖縄でお会いした,カンポン・トーンブンヌムさんもおられます。「いつか会いに行きます。」とお約束しました。

そんなわけで,約1年前から準備を開始しました。

当初は6月を予定しておりましたが,プラユキさんがその時期はお忙しいとのことで,一旦はあきらめかけました。

しかし,再度日程を調整して,10月のスケジュールで再度お願いしてみると,「その時期ならぜひお越しください。」とおっしゃっていただき,浦崎さんにも現地での移動などお手配いただきながら,ついにタイ旅行が実現しました。

参加者は,4年次以上の全員と3年次3名,さらに修了生も二人加わり,総勢19名の大旅行となりました。

旅程は,以下の通りです。

10月17日 沖縄出発
10月18日~19日 バンコク観光
10月20日~23日 スカトー寺で修行体験
10月24日 マヒドン大学で講話
10月25日 沖縄帰着

今回から6回にわたって,旅行の様子をまとめて紹介しようと思います。
バンコク観光編が2回,スカトー寺編が3回,マヒドン大学編が1回という感じになると思います。

お楽しみに。



2015年12月25日金曜日

JVA10日間リトリート参加体験記(最終日)

8月16日 帰りの日

ついに別れの日です。

朝食のあと,長く預けていた財布や携帯,モバイル機器を返却してもらいました。
さっそくメールチェックをしている人もいて,一気に現世に戻った感がります。

その後,お世話をしていただいた奉仕の方々の紹介がありました。

初めて奉仕活動をした方から,10回以上の猛者までいろいろな方がおられました。

プログラムマネージャーをしていただいたF君は,心理学を専攻する同分野の仲間ですが,彼も6回目の奉仕とのことで,やはりかなりしっかり体験を積んでいるようでした。

参加者からの質問タイムもありましたが,「どうして奉仕活動に参加したのか」という問いには皆さんさらっと「やりたかったから」とてらいなく答えている様子が印象的でした。

私もいつか,奉仕者という形でもこの会に参加したいと思いました。

その後,それぞれが分担して清掃に当たります。
私は,古い生徒さんの一人と二人組で,トイレ,シャワー室,洗面台の水回りを担当しました。
感謝の気持ちが沸々とわいてきます。黙々と作業をしました。

9時半ころにはお暇しなくてはなりません。
あちこちで帰りの方法について話をしています。

来た時と同じように路線バスで帰る人が多いようでしたが,私は帰りの飛行機の時間に余裕をもって空港に着きたかったので,一足先にタクシーで帰るグループに混ざることにしました。

集合写真をとって,皆さんと名刺交換などしようとした矢先,タクシーが到着してしまい,十分皆さんと話もできないまま別れることになってしまいました。残念・・・

4人で分乗して茂原駅まで来ましたが,そこから一人,また一人と別れていきます。
注意が敏感になっているので,現実社会の情報の多さ,スピードの速さについていけず,ぼんやりとしてしまいます。
東京駅で皆の歩く速さについていけず息が切れたり,視覚情報の多さに頭が痛くなったりしました。

このリトリートで得たものはあまりにも多く,にわかには整理できません。ですが,確実に,自分の中に残っている感があります。これを,これからのマインドフルネスの活動にしっかり活かしていきたいと強く思いました。

最後に,一緒にこの経験を共にした皆さんの人生が,幸多いことを心から願っています。



JVA10日間リトリート参加体験記(10)

8月15日 10日目

この日のスケジュールは,朝食と朝の全体瞑想までは普段通りで,その後9:00~10:00に講話があり,そこでついに聖なる沈黙が解かれます。
そこから食事を含め,14:30まで自由時間,14:30~15:30に全体瞑想,その後はまたいつも通りに戻ります。

朝の瞑想は,これが最後の瞑想だと思い,集大成とばかりにかなり集中して取り組みました。

労いを含めた講話が終わり,そして,ついに沈黙が解かれます。

外に出て,最初に誰と話そうか,とあれこれ考えました。
人と話すことにこんなにウキウキしたのは久しぶりです。

やはり,まずは一番刺激しあったとなりのKさん(何かのきっかけで名前を知りました)か,と思いました。また,元「慈悲一号」さんとはどんな関係が出きるけるのか,不安もありました。

薄暗いホールから外に出ると,やけに日差しがまぶしく感じました。

Kさんに声をかけたい,と思ったのですが,彼はすたすたとトイレに行ってしまい,思ったほど私のことは意識されていなかったのかとちょっと肩透かしを食らいました。

かわりに若くて日焼けした彼から「どうでした?」と声をかけられました。

「どうでした?」 

そう問われて,うまい言葉が見つかりませんでした。

「うーん,考えがまとまらない・・・。でも,大変だったけど,楽しかったです。」

それが最初の言葉でした。

その後はテンションが上がり,めずらしく自分からいろんな人に声をかけて喋りまくりました。

Kさんとはずいぶん後になって話す機会がありましたが,最初にしたことは,声をかけることよりも固く手を握ることでした。

やはり,お互いに意識していたことを確認しました。

彼は私と同じ大学の先生で,アートを中心に様々な分野で活躍しているとのことで,先輩に見えましたが,年齢は一つ下とのことでした。これまで,集中系の瞑想は少し体験したことはあるが坐っての瞑想経験はなく,初めてであれだけ坐れるのは大したものだと感心しました。

また,ロックンローラーはSさん。聞くと,本当にロックンローラーが職業でした!
他にも,ピアノの先生のAさん,アフリカ観光を斡旋する仕事をしているOさんなど,本当に色々な人生を歩んできた人たちが集まっていたのだということを痛感しました。

慈悲一号さんは,20歳,営業職で職場の上司の紹介で参加したとのことで,その上司もリトリートに参加していました。どうりで寝てばかりなのに逃げ出しもできないわけです。

彼とも二人きりで話す機会が持てました。

彼の仕事の話,瞑想の感想など聞きながら,ふと「筋トレは,なんでやってたの?」と尋ねると,「それをやらないと自分が保てなさそうな気がして・・・」とのこと。
彼は自分でも納得できないままここに連れてこられ,必死に自分を守っていたのだと理解しました。
自分を変えようというのではなく,自分を守ろうという人にとってこの10日間はどんなに苦しかっただろうと思うと,本当の意味で慈悲の気持ちが沸いてきました。自分が20歳の頃も,やはり自分を守るので必死であったように思います。自分の思い出話などもしながら,彼を心から労いました。

他方で,24歳で来月9月から就職するという若者もいました。彼は,「就職前に参加できてよかった。全ては自分に責任がある,と考えることができて楽になった。」と話していました。自分で主体的に生きていけるのって,前向きになれる」とのこと。若いのにすごいな,と感心しました。

本当に瞑想は,それを行うスタンス次第でそこから得られるものが全く異なってくるのだと感じさせられました。

14:30から瞑想がありましたが,それまでの時間,炎天下の中みな飽きずに互いのことをしゃべりあっていました。

しかし,こうして一度緊張の糸が切れると,不思議なくらい瞑想ができなくなるものです。

ここでの滞在もあと1日なので集中したいと思いましたが,午後の瞑想,講話,夜の瞑想など,すぐに眠気が出てきて全く瞑想ができませんでした。瞑想の時間帯としてはこの時間帯が一番苦しかったように思います。
講話では,引き続きドーナ(布施)の話が出てきていたと思いますが,正直,ほとんど覚えていません。

そうしてついに,明日,現実に戻ります。





2015年12月20日日曜日

JVA10日間リトリート参加体験記(9)

8月14日 9日目

朝,3:59に起きるのも辛く,寝ぼけ眼でどうにかシャワーにたどり着く有様。

シャワーを浴びて,ようやくまともな意識に戻り,シャワー室を出ようとしてぎょっとしました。

足元に見慣れないサンダルが!

まずい!と焦って部屋に戻ろうとしますが,時すでに遅し。サンダルの持ち主,「ロックンローラー」が,無言ではありますが,表情豊かに「オメー,なに間違えてんだよ!」と睨み顔で待ち受けています。

その場ですぐにお返ししましたが,その時はただぼーぜん。

9日目にもなっていまだ私の気づきの力はそんなものか,とショックでした。まあ,そんなことに気づかないほど疲れていた,ということでもありますが・・・

頭を乾かして戻るとき,部屋の前にいたロックンローラーに,精いっぱいのジェスチャーで「ごめんなさい!」と伝えると,とたんに柔らかい表情になり,「おいおい,全然気になんかしてないぜ!ブラザー!」的なジェスチャーで向こうも応えてくれて一安心。
とはいえ,しばらく瞑想中に彼の顔がちらついていました。

その時,確かに体は委縮し,注意を向けづらい状態になっていたことに気づいていました。
これから社会に戻ると,こんな風に身体で心を感じる機会が多くなるのだろうと思いました。

午前中はそんなこんなで,全然集中できませんでした。
せっかくの最終日だというのに,こんなことでは情けないと,食事の時に気合を入れました。

最後の二日の朝食は,ようやく意識して量を減らすことができました。

前日夜の講話では,メッター(慈愛)の話とドーナ(布施)の話がありました。
実践的な話から,だんだん観念的な話が増えてきた印象です。

また,新しい瞑想として,身体の「内側」に目を向ける方法が紹介されました。
これまでは皮膚の表面の感覚の観察だけを行ってきましたが,より内部の感覚に目を向けるということです。

具体的には,①自分の「内側」を前後にスキャンする,②左右にスキャンする,③上下にスキャンする,④インクが垂らされたようにスキャンする,⑤脊髄の中に意識を通す,⑥スポットチェックなどの方法が紹介されました。

ここまで徹底してイメージを用いず身体経験をダイレクトに観察することを重視してきましたが,最後の最後になって結局イメージを使うのか,と幾分興ざめでした。身体の内部には,骨や脳など触覚神経のない器官も多いのに,その感覚を感じ取れるはずなありません。それを感じろ,ということは,結局そんなイメージを持って感じた気になれ,ということです。

そう思って,お昼の質問タイムに先生に質問をしてみました。
ちなみに,この頃には,お昼の質問の時間には質問者で行列ができるようになり,私もずいぶん待たされてようやく謁見を許されました。
早速上記の疑問をぶつけると,「でも,内部の感覚はあるんです。」と珍しく嬉しそうに断言されました。イヤイヤ,それはないでしょ,とこちらも食い下がります。へんにここに拘るのは,実質に根差していない感傷主義に過ぎないのではないかと。

でも議論をしながら,ずいぶん昔,大平英樹先生に,自分が同じ指摘をされたことを思い出しました。
「いやー仕事にこん詰めすぎて,左DLPFCが痛いですわ」的なメールを投げたとき,一言,「脳に感覚神経はありませんよ。」と。

今自分が質問しているのは,自分が指摘されたショックをこの先生に投影しているに過ぎない,と思いました。
さらに先生は,「実際にあるのかどうかは私も科学者ではないのでわかりませんが,そういう主観的経験を多くの人が共通に持つということは事実ですので,少なくとも,そういう意識の持ち方をすることが大事なのです。」というように言い直されました。

ここは実践の場です。「ある」のか「ない」のか,ではなく,それを実践の指導法として受け取ることがまず自分のすることであったと気づかされました。

午後の瞑想では,早速ご指摘の通り,内面に観察を向けることを試してみました。

すると,右から左に観察をするとき,どうしても中心部分に柱のような感覚があり,なかなか先に進めない感覚があります。そこで,その柱をただ観察してみました。

すると,急に一つの映像が浮かんできました。

それは,私が通った小学校の校門近くに聳えていた大きなメタセコイヤの木でした。
静かに観察を続けていると,映像は動き出します。空には黒雲が立ち込め,雷が鳴りだしました。多くの稲光が降り注ぎ,轟音が響き渡ります。
ふいに,バチバチっと閃光がメタセコイヤに降り注ぎ,大きな音を立ててその木が倒れてしまいました。
それが済むと,黒雲はスーッと引いて行ってしまいました。

短い時間の映像が終わると,もう,内側の観察にはなんの蟠りもなくなっていました。

一体何だったのだろう,としばし考え込んでしまいました。

何となく思い当たったことは,小学校の高学年の頃,イジメられていたことでした。
今はほとんど忘れかけていたことですが,私が在校生の頃に植えられたこの木を,登校のたびに恨めしく見上げたことを思い出しました。そういう経験が,今の自分にも思いのほか多いな影響を与えているのでしょうか・・・

そんな想いに耽っていると,途端に足の痛みが襲ってきました。
慌てて呼吸に戻り,以降,内部の観察はやめることにしました。もともと,内面の観察は,十分身体の観察ができるようになった人で,やってみたい人限定のお勧めだったのです。
私には,まだ時期尚早だったのだろうと考えました。

夜の質問の時間に,この経験を先生にお話ししました。

まだ印象も強く,幾分興奮気味にお話ししましたが,先生はしれっと「イメージや想像ではなく,今は身体感覚だけをしっかり観察しましょう。」とのお答え。

なんかあまりの素っ気なさに,昼間の仕返しをされたような気にもなりましたが,よく考えたら,イメージに没頭していたのは自分であり,それに振り回されていたのも自分です。悪いのは先生ではありません。「すべては自分次第。」
先生に対する色々な感情も,全て自らが原因となって生み出した仮像に過ぎないのです。

それからは,どんな思考やイメージが現れても気づき,とらわれず,流れ去ったら再び身体感覚に戻る,ということに没頭しました。頭からつま先まで往復した後,全身を感じながら呼吸をすると,大きな充実感につ包まれました。全体が,思考と感覚が,足と頭が,一つとなったような感覚を覚えました。後から振り返ったとき,なんとなく,ちびくろサンボでバターになった虎はこんな感じだったろうかと想いを馳せました。

この日も,午後の瞑想時間はトイレ休憩以外はずっと坐って過ごしました。ちっとも苦にはなりませんでした。

夜の講話では,メッターバーバナ(慈悲の瞑想)の話が中心でした。
印象としては,「自己への」慈しみというより,他社への慈悲を大事にしているようで,瞑想のやり方もふわっとしている印象でした。お布施の話ばかりが強調されている感じがしました。JVAのリトリートには既定の参加費などはなく,すべて「お布施」で賄われています。プログラムマネージャーも,食事を作ってくれる方々も,指導者の先生さえもが無給で奉仕をされているとのことです。

お布施だけで運営される施設が,世界で160以上運営されているということを知り,驚きました。





JVA10日間リトリート参加体験記(8)

8月13日 8日目

朝,肉体の痛みはなくなりました。

前日夜の講話で,「ここからは,修行の連続性が大事。食べることにも,歩くことにも気づきをもって。」という話があったので,できるだけそれに従うよう意識します。

朝食後,昼食後,夕方の休憩では,体を休めるためにできるだけ横になって過ごしていましたが,この日からは,横にはなっても眠りはせずに,常に呼吸を意識して過ごすようにしました。
もちろん,気がつくとぼーっとしたり眠ってしまっていることもありましたが。

ヴィパッサナーを,もはや退屈とは思わなくなりました。
自分なりに目標を立てて,「次はもっと足を細かく見よう」「次は腰の痛みに注意を払おう」など,いつも考えていました。特に,「姿勢を直すときにもゆっくり細心の注意を払おう」と目標をもって臨んだときには,かなり細かく観察できた気がしました。

気づきは徐々に高まっていきます。

痛くないところに注意を向けるときでも,向け方によって反応が異なるようです。「次はここを感じてやろう」というように,能動的に,一方的に注意を向けたときには,その部分が押さえつけられたような圧迫感を感じますが,逆にそれしか感じません。
こちらの先入観を捨て,「ここは何を感じているかな?」というようにそこで何を感じているのか,興味を持って眺めると,皮膚がピチピチと弾けるように反応します。

教師と学級の子ども達の関係のようなイメージが出てきました。
先入観を持って押さえつけるような先生に対しては,子供たちも心を開けず,表面上は黙って指示に従います。
先入観を捨て,子供たちに関心をもってかかわることで,子どもた達も生き生きとして,心を開いてくれる。

身体の反応も同じなのだなぁ,と思いました。

でも,関心を持ってもらうことで喜びが生じるのは,もしかしたら私自身のサンカーラの現れなのかもしれません。認めてほしい,わかってほしいというのが人一倍強い私です。先入観を持たずに自分に関わってもらうことを,自分が自分に対して行うだけでこんなに反応が異なるものなのか,と感動しました。
self-compassionの根源的な意味を肌で感じた瞬間です。


次に,今まで関わってきた学生たちの顔が次々に浮かびました。

振り返れば,先入観で一方的に押さえつけるようなことしかしてきませんでした。
「こんな未熟な人間が教員でゴメン」という気持ちの波が押し寄せました。

私と同じ年で,社会人から一念発起し私の下で大学院に入学しながら,1年で辞めていったM君の顔が浮かびました。彼はJVAの10日間リトリートを修めた先駆者です。
「やっぱり,自分は何もわかっていなかった。きっと失意のうちに私が辞めさせてしまったのだ。」
一方で,「1年も我慢してくれてありがとう・・・」と,お詫びと感謝の気持ちで涙が出そうになりました。

M君は辞めるとき,「自分の弱さのせいなんです。」と言っていました。
そんなこと言わせるなんて,なんて未熟な指導者だろう,と自分に腹が立ちました。

こうした気持ちが生じたのは,しかし,一瞬です。

そうした感情の波に気づいたとき,「平静」と思いました。そして,それ以上考えの波を育てることなく,心をそのままに,観察しました。気持ちを持っていかれないよう気をつけながら,呼吸を併せます。

やがて,心は落ち着いてきました。

こんな風にして,午後の1時間半,1時間,1時間半の4時間の瞑想時間を,1度のトイレ休憩以外は坐り通して過ごしました。

充実した瞑想ができたという達成感からか,夜の瞑想の時にはテンションが上がっていました。
そうなると,テンションの上がる曲が頭の中で自然と流れ出します。このとき流れてきたのは,Mr.Childrenの「ファイトクラブ」。いい感じです。ですが,1番のAメロあたりで,「これも渇望か!」と気づき,平静を慌てて思い出しました。
本当に,思わぬところで心は翻弄されます。心が自由でいることはとても難しい。
感覚に気づくことも大事ですが,心が囚われていたり,勝手に暴走していること自体に気づけるようになる練習が,初期の段階で必要なのではないか,それができないと感覚の観察もおぼつかない,と強く感じました。

夜,そのことを先生に質問に行くと,
「全てはヴェーダナーの観察から。心を扱うのはその後。」とのことでした。
「ヴェーダナーで心を知れるようになるには,どのくらい修行すればいいのですか?」と尋ねると,
「それはとても難しい」というお答え。
「そんな難しいのであれば,ヴィパッサナーの効果メカニズムは絵に描いた餅なのでは?」とまた偉そうに問うと,先生は困った顔で,
「それでも少しずつ。」といつものお返事でした。

がっかりしつお辞儀をして引き下がろうとすると,
「足の痛みはどうです?」と先生の方から問われました。
「それは,1時間半なら坐れるようになりました」とさらっと答えると,
「それこそ,素晴らしい進歩じゃないですか」と言われました。

瞑想経験があるとはいえ,自分自身確実に変化しています。それを自覚もしていながら,そのこと自体の価値を低く見積もり,「その次」ばかりに目を向けていたようです。そういうサンカーラがあることをズバリ指摘されたような気がしました。

10日目の朝には,聖なる沈黙は解かれるそうです。

残るはあと1日。
頑張ろう,と思いました。





2015年12月16日水曜日

JVA10日間リトリート参加体験記(7)

8月12日 7日目

疲労の蓄積は着実に進行しています。

朝食の時,前日の夜の質問のおりに,私の前に質問していた「のんき」さんと先生のやり取りを思い出していました。

「身体に注意を向けると,ドキドキが怖くて私にはできそうにないので,そこは避けているのですが,それでいいですか?」

「身体感覚は怖いものだ」,「自分にはできない」といった解釈や判断を含む思考に気づき,それを扱うことが全くできていない様子です。7日目にもなってまだそのレベルか,と,またも上から目線でイライラしていました。

先生も先生で,「それでもとにかく,できるだけ身体感覚に注意を向けましょう。」とバカの一つ覚えのように繰り返すばかり・・・

「これでは,「のんき」さんはいつまでたっても前に進めないに違いない。いや,「のんき」さんだけじゃなく,思考の扱いができずに不全感だけ募らせる人がほとんどなのではないか,これがゴエンカ式の限界か,何か教えてあげた方がいいのではないか・・・。」

いつしか,食事も何を食べているかわからないほど,思考に夢中になっていました。


その時突然,ビビビッと稲妻が走りました。


「自分は,人のことばかり気にしている。」


一気に,これまで自分がしてきたことが対象化して見えました。

人にあだ名をつけて一喜一憂し,学生の成長と自分を比較して焦り,他人の成長度合いを憂い,先生の指導法に疑義を呈し,ゴエンカ式の未来を案じる・・・

「今ここでの経験に,評価や判断することなく,意図的な注意を向ける。」

マインドフルネスで目指してきたことを,自分は全くできていなかったことに気づきました。

いったい自分は何をやっていたのか・・・

意識の表層部分では,確かに呼吸に注意を向け,それたら戻すことはやっていたように思います。
少なくとも瞑想の時間は,注意を持続し,身体感覚をつぶさに観察する能力は徐々に高まってきていたと思います。

でも,本来目指すことは,そういうことではなかったのでした。

表層とか真相とか,人に話せる部分とか秘密の部分とか,オフィシャルとかプライベートとか,そういうことは関係なく,「すべての」自分の心を気づきの対象とし,そこで生じている自動的な働きに対して,同じ姿勢で臨まなくては意味がないのです。

意識的に呼吸や身体感覚に注意が向けられていればOK,心のおしゃべりはそれとは「無関係」,のような意識が,どこかにあったように思います。
でも,実は,そういう心のおしゃべりこそが,気づき,平静さを保ち,離れる対象だったのです。

そういう微細な心の動きやその影響に気づかず,サンカーラの赴くままにイライラしている自分は,「のんき」さんと何も変わらない。そのことに思い至り,しばらく呆然としました。

それから,周りの人をあだ名で呼ぶのをやめました。
というか,周りの人に目を向けるのをやめました。

そして,「もっと自分の中で出来ることがあるはず」,「あと3日,ここからが勝負」と強く思い直しました。

でも,善友として,「おとなり」さんだけは意識しました。依然,彼も頑張っている様子です。

あだ名をやめると,素直にそれぞれに努力している様子が目に入るようになり,あえて目で追わずとも,尊敬の感情が自然と生まれることが多くなってきました。

とはいえ,元「慈悲一号」さんとは,すれ違う時など,どうしても意識する自分がいます。私自身のサンカーラがまだまだ反応してしまうようです。そんな私を見透かしたかのように,この日の講話では「あらゆる問題は,自分の中に原因がある。同じ出来事に直面しても,問題ととらえる人とそうでない人がいるように。」とのこと。
いやはや,おっしゃる通りです。

また,サンカーラに影響され,嫌悪や渇望に従うことは,心が踊らされている状態であり,そこから離れ,自分の意思で活動できることを,本当の意味で「自由」というのだそうです。そう聞いて,5月に参加したティック・ナット・ハンのプラムヴィレッジの研修会で,やたらと「自由」が叫ばれていたことの意味がはじめて分かりました。心の自由。自分はまだまだ不自由なのだな,と思いました。

もう一つ。坐っているとき,足のしびれを気にしてやたらと座布団を高くして,坐り方も細かく気にしていましたが,この日のお昼過ぎから,毛布をたたんでお尻の下に入れるのをやめ,最初に置かれていた薄いマット1枚だけで行うようにしました。その方が,足の痛みを坐り方のせいにせずに済みます。もちろん足はしびれますし,腰も痛みますが,気持ちは清々します。しびれを自分の問題として向き合えるようになりました。

そして,しびれを細やかに観察し,苦痛の「核」を見つけたとき,そこに気持ちが引っ張られないように呼吸をして,距離を取るようにしていると,スッと痛みが消えることがわかりました。
この日から,1時間半の練習も休みなく坐れるようになりました。

この日から,もはや新しい課題は出されなくなりました。「やるしかないな」と,逆に覚悟が決まった気がしました。

JVA10日間リトリート参加体験記(6)

8月11日 6日目

朝,疲れてはいますが,体の痛みが減ってきました。膝のじん帯が慣れてきたようで,歩くだけで痛むということは,もはやなくなりました。

食事は,相変わらず食べすぎです。1日2食なのに,全然痩せていない気がします。このまま帰ってはカッコ悪い。そこで,この日からせめて朝食だけでも減らそうと決意しました。

ところが,この日の朝食はなぜかわかめご飯。気が付くと,いつも通り山盛りに・・・
この頃から,食べ過ぎることへの罪悪感が特に強くなってきました。

残り日数の方が来てからの日数より少なくなり,自分はどのくらい変化して帰れるのか,焦りが芽生え始めました。修了生で,私より一足先にダンマバーヌを修了したYは,とても成長して帰ってきた印象があります。
それに引き換え,自分はまだ来る前と何一つ変化していない気がします。

焦り,飽きの気持ちのコントロールがこの頃の中心課題でした。

また,瞑想中,頭の中で音楽が流れたり,おしゃべりしていることが,思いのほか多いことにも気づきました。

前日の講話でとりあげられた,五蘊の一つ,「サンカーラ(行)」の影響です。

サンカーラは,感情や思考を生じさせる「種」であり,行動を引き起こす「衝動」のようなものです。
過去に行った行動や思考や感情が種となり,現在に影響を与えます。

ちょうど,スキーマがあることで,今ここでの出来事に対して自動思考が生じるという,認知療法の考え方と同じです。

小さな心のおしゃべりにも,自分のサンカーラ(行)の影響が現れている。そう考えると,本当にそういう因果関係が見えてきます。

「あ,ここにも,あ,ここにも」と,もう嫌というほどサンカーラの影に気づきます。

こんなにもサンカーラが多く,また1つ1つの行為から新たなサンカーラが生まれているとすると,それらを滅しつくすことなど本当にできるのだろうか,とまたまた「疑」が生じます。

それにしても,二日目にも思ったことですが,この「疑」があると人は本当に弱くなります。

足のしびれや,じっとしていることへの苦痛が途端に強くなります。

それを断つために,「平静さ(捨)」が必要で,夜の講話では,平静さを養うことの意義が強調されました。
サンカーラの影響で思考や感情が生起すると,そちらにどうしても引っ張られ,巻き込まれます。
その存在に気づき,それでいて巻き込まれないよう自分を支えることが「平静さ」です。

ゴエンカ氏は,「平静さでサンカーラを焼き尽くす」などと話されますが,それがどんな感じなのかはまだよくわかりません。

でも,それがマインドフルネス認知療法において「脱中心化」を可能にする心理的スキルであろうことは想像でできます。

心にサンカーラを含んだ妄想が生じていることに気づいた時には,その思考に平静さを保ち,それにより生じる身体感覚にも平静さを保つことを大いに練習しました。

脱中心化,あるいは距離化(distancing)というのは,比喩ではなく本当に「ある」のだな,ということがだんだんわかってきました。